国会が慌しくてブログを更新できない間に、随分と時間が経ってしまった。そして、この間に行われた国会質疑で明らかになった、国土交通省による道路特定財源のムダ遣いや流用の数々には、もはや怒りを通り越して呆れるばかりである。
私は、テレビに良く出る某知事が、この期に及んでまだ暫定税率&特定財源の維持を主張されていることがどうしても理解できない。知事の「地域の発展のためには道路が必要だ」というご主張は理解できるし、その通りだと思う。しかし分からないのは、これだけムダ遣いされておきながら、それでもなお、今の制度を維持することが地方の道路作りにとってプラスだと真に思われているのか、ということである。
やり方次第では、暫定税率を廃止して一般財源化しても地方の予算はほぼそのまま維持できる。仮に百歩譲って知事が心配されているように、道路に使える予算がいくらか減る事態になったとしても、山ほどムダ遣いされている今の制度と、どっちが地方にとって本当に得だろうか。
道路特定財源で地方に渡されるお金は、自治体による道路整備に自由に使える訳ではない。例えば、地域の細かな道路整備などには使えないし、必ず両側に歩道をつけなければならない等のバカバカしい程に事細かな基準もあって、地域の実情に合った道路整備が出来ないのが実情だ。一般財源なら、必要な所に必要な基準で道路を作ることが出来る。
加えて、山ほどのムダ遣いとは、テレビで報じられたカラオケセットや野球のグローブといった小さな話だけではない。例えば東京では、渋滞緩和の名目で1200億円も地下鉄建設に流用されている。維持費だけでもバカにならない東京(ちなみに、私が東京で借りているアパート付近でもし駐車場を借りると、舞鶴の自宅の家賃より高い・・)で車を持ち、更に毎日その車で通勤できる立場にある人が、わざわざ混雑する地下鉄での通勤に切り替える筈が無いから、渋滞緩和など単なるお題目に過ぎない。地下鉄建設は同じ国交省の中の鉄道局の管轄であり、つまりのところ道路特定財源とは、国交省特定財源なのだ。
知事はまた、「これだけ問題視されれば、今後は是正される」ともおっしゃっている。しかし、今更書くまでも無く、利権に対する執着はそんな甘いものではない。これだけ流用が問題視されながら誰一人として逮捕者が出ないのは、流用が全て合法的に為されているからであり、そのための法律と政省令を網の目のように張り巡らせているからである。
そして利権を握る人達は、「半年もすれば忘れ去られるから、今だけ辛抱していればいい」と思っている。そしてこのまま特定財源を維持すれば、彼らの思う通りになるだろう。郵政民営化問題が、民営化後一年も経たない間に話題にもならなくなったことを、我々は思い出す必要がある。
それでも特定財源に賛成する理由があるとすれば、国交省を始めとして国の省庁からにらまれて予算を減らされるのが怖い、ということ位しかない。もっとも、国に予算を握られている地方にとってこれは死活問題であり、そのこと理由に渋々賛成せざるを得ないというなら理解は出来る。しかし、テレビの画面で見ている限りそうは感じ取れないのだが、あれはそれまでの経歴を活かした、迫真の演技なのだろうか・・・。
ただ一点、「これまでの道路予算の使われ方が偏っていたことをそのままにして、今後は地方に任せるというのはおかしい」という知事のご主張はその通りだと思う。
この点を含めた今後の道路予算のあり方は次回に。
2008年03月24日
2008年02月01日
道路特定財源を考える その2
前回、今の暫定税率の安易な延長には反対だと書いた。すると、「じゃあ財源不足はどうする?」と尋ねられる。
その前に、この問題の大前提をここで改めて強調したい。道路特定財源は6種類の税金で構成されるが、その中で暫定税率があるのは自動車取得税、自動車重量税、揮発油税、地方道路税、軽油引取税の5つである(石油ガス税は本則税率のまま)。
改めて言うまでもなくこれらは全て「税金」だ。そして暫定税率部分は、5年という期限を決めて国民に負担を課している。つまり期限が切れる3月末において、法律に定められた税負担義務を国民は終えるのであって、それを更に継続するということは、紛れも無く「増税」である。今までと変わらないから増税感が沸かないだけだ。
事実上、年間6兆円近い増税を国民に課すというのに、「国民生活の混乱を避けるため」などという、あたかも国民のためを思ってしているかのような理由をつけるとは、厚かましいにも程がある。しかも今度は10年だから約60兆円の超大型増税だ。政府が余りに堂々と主張しているから一瞬錯覚を起こしそうになるが(実際に多くの人が起こしているのだが)この傲慢さ、図々しさ、甚だしい勘違いが、報道であまり指摘されていないのがまずおかしい。
もしこれが3%の消費税引き上げ(約6兆円の税収になる)という内容なら、国民はどう受け止めるだろうか。マスコミはどう報じるだろうか。
負担感を感じにくいことを理由に、本質を見失ってはならない。
「これは一時的な税だから」といって国民をごまかし、暫定でありながら44年間も続けてきたこと自体がまず異常なのであり、遅きに帰したとしても、暫定期間が切れる以上、ここで一旦終わらせることがもっともな筋であることは、誰がどう考えても明らかだ。
道路行政をいかに進めるかという政策自体は極めて重要であり、軽んじるつもりは毛頭ないが、必要な予算が確保できれば済む以上、暫定税率にこだわる理由は「それが一番楽だから」という以外には無い(この点は次号で詳しく書く)。
税は、使途や必要性を明らかにした上で法律によって国民に課すものであり、「今までずっと課してきたから続けないと混乱する」というのは、国民に対する増税という最も重い説明責任が問われることの説明には全くなっていない。突然切れたら混乱するから、廃止まで手続き上数ヶ月の移行期間をという「つなぎ法案」ならまだ話は分かるが、増税を担保するためのつなぎ法案など論外だ。
一方、野党が「ガソリンの値段を25円下げます」という俗な言い方でキャンペーンをしていることも、こうした勘違いの原因になっている。国民に分かりやすいという戦略であることは理解するが、民主党の藤井税調会長が強調しているように、歪んだ税体系を見直すことが本筋であって、ガソリンの値段を下げることは真の目的ではない。
「暫定是率は期限が来たら切れて当然」なのであり、「増税こそ国民生活を苦しめる」という当たり前の点をもっと強調しないと、「選挙目当てで国民に迎合している」という、ありがちな、そして政府にとって都合の良いレッテルを貼られることになる。
私が色々なところで話をしても、「財源はどうするの?」と尋ねてくる方が沢山いる。「また別のところで借金されたら敵わない」という視点だとしたら至極当然の発想である。
しかし基本は、期間が切れる段階で税の目的を果たしているべきなのであり、もし万一、まだ継続する必要があるなら、それは改めて国民に負担をお願いするのが当然の筋である。
「一度下げたら引き上げるのは難しい」というもっともらしい解説も聞くが、増税が難しいのは当たり前であって、国民の同意が得られない増税ならすべきでない。その際、選挙の時だけは散々頭を下げておきながら、「国民は将来を見据えた判断ができない」などと自らの説明能力不足を棚に上げて憚らない政治家は、約70%にも及ぶ税負担率(所得に占める税の割合。つまり70%だと月給30万なら21万円が税金や保険料)を国民が受け入れているスウェーデンなどの政治家に暫く弟子入りしてくるべきだろう。
以上の大原則を踏まえた上で、地方はどうすべきか、道路行政をどう勧めるべきかを次回に示す(続く)。
その前に、この問題の大前提をここで改めて強調したい。道路特定財源は6種類の税金で構成されるが、その中で暫定税率があるのは自動車取得税、自動車重量税、揮発油税、地方道路税、軽油引取税の5つである(石油ガス税は本則税率のまま)。
改めて言うまでもなくこれらは全て「税金」だ。そして暫定税率部分は、5年という期限を決めて国民に負担を課している。つまり期限が切れる3月末において、法律に定められた税負担義務を国民は終えるのであって、それを更に継続するということは、紛れも無く「増税」である。今までと変わらないから増税感が沸かないだけだ。
事実上、年間6兆円近い増税を国民に課すというのに、「国民生活の混乱を避けるため」などという、あたかも国民のためを思ってしているかのような理由をつけるとは、厚かましいにも程がある。しかも今度は10年だから約60兆円の超大型増税だ。政府が余りに堂々と主張しているから一瞬錯覚を起こしそうになるが(実際に多くの人が起こしているのだが)この傲慢さ、図々しさ、甚だしい勘違いが、報道であまり指摘されていないのがまずおかしい。
もしこれが3%の消費税引き上げ(約6兆円の税収になる)という内容なら、国民はどう受け止めるだろうか。マスコミはどう報じるだろうか。
負担感を感じにくいことを理由に、本質を見失ってはならない。
「これは一時的な税だから」といって国民をごまかし、暫定でありながら44年間も続けてきたこと自体がまず異常なのであり、遅きに帰したとしても、暫定期間が切れる以上、ここで一旦終わらせることがもっともな筋であることは、誰がどう考えても明らかだ。
道路行政をいかに進めるかという政策自体は極めて重要であり、軽んじるつもりは毛頭ないが、必要な予算が確保できれば済む以上、暫定税率にこだわる理由は「それが一番楽だから」という以外には無い(この点は次号で詳しく書く)。
税は、使途や必要性を明らかにした上で法律によって国民に課すものであり、「今までずっと課してきたから続けないと混乱する」というのは、国民に対する増税という最も重い説明責任が問われることの説明には全くなっていない。突然切れたら混乱するから、廃止まで手続き上数ヶ月の移行期間をという「つなぎ法案」ならまだ話は分かるが、増税を担保するためのつなぎ法案など論外だ。
一方、野党が「ガソリンの値段を25円下げます」という俗な言い方でキャンペーンをしていることも、こうした勘違いの原因になっている。国民に分かりやすいという戦略であることは理解するが、民主党の藤井税調会長が強調しているように、歪んだ税体系を見直すことが本筋であって、ガソリンの値段を下げることは真の目的ではない。
「暫定是率は期限が来たら切れて当然」なのであり、「増税こそ国民生活を苦しめる」という当たり前の点をもっと強調しないと、「選挙目当てで国民に迎合している」という、ありがちな、そして政府にとって都合の良いレッテルを貼られることになる。
私が色々なところで話をしても、「財源はどうするの?」と尋ねてくる方が沢山いる。「また別のところで借金されたら敵わない」という視点だとしたら至極当然の発想である。
しかし基本は、期間が切れる段階で税の目的を果たしているべきなのであり、もし万一、まだ継続する必要があるなら、それは改めて国民に負担をお願いするのが当然の筋である。
「一度下げたら引き上げるのは難しい」というもっともらしい解説も聞くが、増税が難しいのは当たり前であって、国民の同意が得られない増税ならすべきでない。その際、選挙の時だけは散々頭を下げておきながら、「国民は将来を見据えた判断ができない」などと自らの説明能力不足を棚に上げて憚らない政治家は、約70%にも及ぶ税負担率(所得に占める税の割合。つまり70%だと月給30万なら21万円が税金や保険料)を国民が受け入れているスウェーデンなどの政治家に暫く弟子入りしてくるべきだろう。
以上の大原則を踏まえた上で、地方はどうすべきか、道路行政をどう勧めるべきかを次回に示す(続く)。
2008年01月30日
道路特定財源を考える その1
今、国会ではまさにこの瞬間、道路特定財源の暫定税率を巡り、激しい攻防が続いている。
私はこの5年間、京都北部の道を走り続けてきた。特に台風23号災害の際は、道路が全て通行止めとなり、孤立して身動きが取れないという経験もした。だから道路の重要性は人並み以上に肌で感じているし、地方自治体が、道路整備を最重要課題の一つと位置づけていることは当然だと理解している。
一方、「これから人口が減るのに、今さら道路を造ってどうなる!」という声があることも事実だ。確かにそもそも論を言えば、日本全体の道路ネットワークは、いち早く築いておくべき社会インフラだった。
例えばドイツは、国土全体に高速道路網が張り巡らされている。地方の田舎町からでも、30分以内に高速道路に乗れる。しかも無料だ。連邦制を敷き、歴史的に強い地方主権国家であるドイツですら、このような物理的基盤を背に、国土の均衡ある発展を維持している。
ならば日本のように、明治維新後、東京一極集中型で発展を成し遂げてきた国では、距離という物理的障害を出来る限り無くすための高速道路を中心とした道路ネットワークは、国家百年の計を考えれば、地域の発展に不可欠というより最低限の前提条件だった。
それが残念ながら今日まで築かれてこなかったこと、特に、我が国の財政がそれなりに余裕のある間に、今日のように悪化する前にやってこなかったことは、痛恨に極みであり、残念でならない。これは明らかに政治の責任であり、また京都について言えば、蜷川府政の負の遺産である。今、いわゆる「地域間格差」が広がっていることも、こうした「道路の格差」と当然、無縁ではあるまい。
私は、豊かな歴史と文化を育み、人々の生活が営まれてきた郷土・地域を守るためには、現在の物理的不利な状態を解消するために最低限必要な道路ネットワークを今からでも構築していかなければならないと考える。人口減少という要素もあるが、例えばスウェーデンは日本の1.2倍の国土面積に対して人口は僅か900万人だが、それでも一定のEU道路(高速道路)を始めとした道路網は整備されている。仮に1億2千万人が6千万人になるとしても、これ以上道路が要らないという結論には全くならない。
しかし現在、国と地方合わせて1000兆円近い借金を抱えている状態で、道路整備計画は今のような内容でいいのか。例えば、一番近いICまで2時間もかかる地域を未だに残している一方で、7兆円もの予算を使って第二東名高速を建設することが、本当に望ましい我が国の道路ネットワークの形なのか。その点を曖昧にしたまま、こんな時にだけ開かずの踏み切りだ、通学路の除雪だと国民の日常生活への弊害を強調し、59兆円もの予算を道路整備計画に計上して道路特定財源を10年も延長することについて、私は反対する。(続く)
私はこの5年間、京都北部の道を走り続けてきた。特に台風23号災害の際は、道路が全て通行止めとなり、孤立して身動きが取れないという経験もした。だから道路の重要性は人並み以上に肌で感じているし、地方自治体が、道路整備を最重要課題の一つと位置づけていることは当然だと理解している。
一方、「これから人口が減るのに、今さら道路を造ってどうなる!」という声があることも事実だ。確かにそもそも論を言えば、日本全体の道路ネットワークは、いち早く築いておくべき社会インフラだった。
例えばドイツは、国土全体に高速道路網が張り巡らされている。地方の田舎町からでも、30分以内に高速道路に乗れる。しかも無料だ。連邦制を敷き、歴史的に強い地方主権国家であるドイツですら、このような物理的基盤を背に、国土の均衡ある発展を維持している。
ならば日本のように、明治維新後、東京一極集中型で発展を成し遂げてきた国では、距離という物理的障害を出来る限り無くすための高速道路を中心とした道路ネットワークは、国家百年の計を考えれば、地域の発展に不可欠というより最低限の前提条件だった。
それが残念ながら今日まで築かれてこなかったこと、特に、我が国の財政がそれなりに余裕のある間に、今日のように悪化する前にやってこなかったことは、痛恨に極みであり、残念でならない。これは明らかに政治の責任であり、また京都について言えば、蜷川府政の負の遺産である。今、いわゆる「地域間格差」が広がっていることも、こうした「道路の格差」と当然、無縁ではあるまい。
私は、豊かな歴史と文化を育み、人々の生活が営まれてきた郷土・地域を守るためには、現在の物理的不利な状態を解消するために最低限必要な道路ネットワークを今からでも構築していかなければならないと考える。人口減少という要素もあるが、例えばスウェーデンは日本の1.2倍の国土面積に対して人口は僅か900万人だが、それでも一定のEU道路(高速道路)を始めとした道路網は整備されている。仮に1億2千万人が6千万人になるとしても、これ以上道路が要らないという結論には全くならない。
しかし現在、国と地方合わせて1000兆円近い借金を抱えている状態で、道路整備計画は今のような内容でいいのか。例えば、一番近いICまで2時間もかかる地域を未だに残している一方で、7兆円もの予算を使って第二東名高速を建設することが、本当に望ましい我が国の道路ネットワークの形なのか。その点を曖昧にしたまま、こんな時にだけ開かずの踏み切りだ、通学路の除雪だと国民の日常生活への弊害を強調し、59兆円もの予算を道路整備計画に計上して道路特定財源を10年も延長することについて、私は反対する。(続く)
2007年03月10日
市議会のネット中継
来週から舞鶴市議会の代表質問、一般質問が始まります。
新しい行政が今後、どのような取り組みをされるのか、
私も市長選挙において、色々と訴えてきましたので、
出来る限り見ていかなければならないと考えています。
その為にも市議会での質問は非常に重要な場なのですが、
舞鶴市議会は、議場での傍聴しか制度がありません。
平日の昼間にわざわざ議場に出向いて傍聴できるという
余裕のある市民が、舞鶴に一体どれだけいるのでしょうか?
私もマニフェストに掲げていましたが、今の時代、
インターネットを利用した議会のライブ中継なら、
それ程費用をかけずに実現することが出来ます。
実際、近隣では京丹後市議会がライブ中継を行っており、
過去の質問の録画中継を見ることも出来ます。
議員の方々にとっても、支援者に対して議会活動をもっと
PR出来るよい機会になると思うのですが・・・。
巷の噂では今、議会改革に意欲的な議員の方々がかなり
いらっしゃるということなので、その取り組みに大いに
期待したいと思います。
新しい行政が今後、どのような取り組みをされるのか、
私も市長選挙において、色々と訴えてきましたので、
出来る限り見ていかなければならないと考えています。
その為にも市議会での質問は非常に重要な場なのですが、
舞鶴市議会は、議場での傍聴しか制度がありません。
平日の昼間にわざわざ議場に出向いて傍聴できるという
余裕のある市民が、舞鶴に一体どれだけいるのでしょうか?
私もマニフェストに掲げていましたが、今の時代、
インターネットを利用した議会のライブ中継なら、
それ程費用をかけずに実現することが出来ます。
実際、近隣では京丹後市議会がライブ中継を行っており、
過去の質問の録画中継を見ることも出来ます。
議員の方々にとっても、支援者に対して議会活動をもっと
PR出来るよい機会になると思うのですが・・・。
巷の噂では今、議会改革に意欲的な議員の方々がかなり
いらっしゃるということなので、その取り組みに大いに
期待したいと思います。
2007年02月25日
舞鶴市の新年度予算その2
舞鶴市の新年度予算の続きです。
一部の新聞では、新年度予算についての記事の中で、舞鶴市の市債残高が約358億円と紹介されていました。「小林は選挙の時、借金700億と言ってたじゃないか。あれは嘘か?」と言われると困りますので、ここで説明させて頂きます。
この358億円という数字は、一般会計の市債残高(借金)です。自治体会計は(政府も同じですが)、大きく分けて一般会計(福祉・土木・教育等)と特別会計(上下水道・市民病院等)とに分かれます。そして総務省を始めとする公の統計では、一般会計に関する市債残高をデータとして扱っているのです。その理由は定かではありませんが、恐らくは「一般会計が毎年の通常の自治体予算の主であり、特別会計は名前の通りあくまで特別な位置付け」ということなのだと思います。
しかし、一昔前に塩爺(当時の塩川財務大臣)さんが国会で言われた、「母屋でおかゆを啜っている時に、離れではすき焼きを食べている」という名(迷)答弁の通り、国では特別会計が一般会計よりもずっと大きく(約3倍以上)膨れ上がっています。そして舞鶴市でも、一般会計(322億)よりも特別会計(353億)が大きくなっているのです。
ちなみにこれは、自治体によって大きく異なります。一般会計と比較して特別会計が今でも非常に小さい自治体は、確かに多いのです。だから一般会計の市債残高だけで統計を出すことが、全て間違いだとは言えません。
しかし舞鶴市の場合のように、一般会計と特別会計がほぼ同規模になり、市債残高(=借金)も同規模(どちらもほぼ350億円程度で合計が700億円)になっている場合は、もはや一般会計の数字を見ているだけでは片手落ちであり、財務体質の把握としては不十分だと思います。
これが、新聞で見る市債残高の数字が市の現状と食い違っている(ように見える)理由です。
なお、先の選挙期間中、「一般のご家庭でも、例えば家を建てるのに住宅ローンを組むでしょう。市の財政も同じです。だから特に問題は無いんです」という趣旨の説明をされていた陣営があったようですが、皆さんはこの説明で納得されますでしょうか?
この点については、次回に触れたいと思います。
一部の新聞では、新年度予算についての記事の中で、舞鶴市の市債残高が約358億円と紹介されていました。「小林は選挙の時、借金700億と言ってたじゃないか。あれは嘘か?」と言われると困りますので、ここで説明させて頂きます。
この358億円という数字は、一般会計の市債残高(借金)です。自治体会計は(政府も同じですが)、大きく分けて一般会計(福祉・土木・教育等)と特別会計(上下水道・市民病院等)とに分かれます。そして総務省を始めとする公の統計では、一般会計に関する市債残高をデータとして扱っているのです。その理由は定かではありませんが、恐らくは「一般会計が毎年の通常の自治体予算の主であり、特別会計は名前の通りあくまで特別な位置付け」ということなのだと思います。
しかし、一昔前に塩爺(当時の塩川財務大臣)さんが国会で言われた、「母屋でおかゆを啜っている時に、離れではすき焼きを食べている」という名(迷)答弁の通り、国では特別会計が一般会計よりもずっと大きく(約3倍以上)膨れ上がっています。そして舞鶴市でも、一般会計(322億)よりも特別会計(353億)が大きくなっているのです。
ちなみにこれは、自治体によって大きく異なります。一般会計と比較して特別会計が今でも非常に小さい自治体は、確かに多いのです。だから一般会計の市債残高だけで統計を出すことが、全て間違いだとは言えません。
しかし舞鶴市の場合のように、一般会計と特別会計がほぼ同規模になり、市債残高(=借金)も同規模(どちらもほぼ350億円程度で合計が700億円)になっている場合は、もはや一般会計の数字を見ているだけでは片手落ちであり、財務体質の把握としては不十分だと思います。
これが、新聞で見る市債残高の数字が市の現状と食い違っている(ように見える)理由です。
なお、先の選挙期間中、「一般のご家庭でも、例えば家を建てるのに住宅ローンを組むでしょう。市の財政も同じです。だから特に問題は無いんです」という趣旨の説明をされていた陣営があったようですが、皆さんはこの説明で納得されますでしょうか?
この点については、次回に触れたいと思います。
舞鶴市の新年度予算その1
舞鶴市の平成19年度骨格予算案が発表されました。前市長時代に作成された案がベースになっていることは、新年度までの日程等を考えても止むを得ないと思いますし、そもそも市長選挙は、新市長が当初予算を組めるような時期にやるべきだと考えます。
ただ、その中で気になったのは、市民病院の運営補填として約13億6千万円が計上されていることです。もちろん今日、病院を利用されている方、入院されている方もいますから、病院の機能をストップさせないための予算投入は止むを得ないでしょう。
しかし、13億円という金額は決して小さい額ではありません。寝たきりのお年寄りから赤ちゃんまで、市民一人当たり約1万5千円を負担していることになります。
だからこそ、賛成するとしても、それだけの大きなお金を市民病院の中でいったい何に使っているのか?来年度以降の投入額の見通しはどうなるのか?など、徹底した情報公開が必要だと思います。
職員の方々も大変だとは思いますが、これだけの赤字を出している中で、その給与額は適正なのか、どれだけの赤字削減努力が行われているのか、といった議論無しに、単に当面の体制維持(それ自体は否定しませんが)だけで13億というお金を計上してしまっては、これまでの行政と何も変わらないと思います。
幸い、新市長を支えている市議会議員の中には、これまで市民病院問題に大変熱心に取り組んでこられた方々がおられます。そうした方々が中心となって、新しい議会で活発な議論が展開されることを期待します。
ただ、その中で気になったのは、市民病院の運営補填として約13億6千万円が計上されていることです。もちろん今日、病院を利用されている方、入院されている方もいますから、病院の機能をストップさせないための予算投入は止むを得ないでしょう。
しかし、13億円という金額は決して小さい額ではありません。寝たきりのお年寄りから赤ちゃんまで、市民一人当たり約1万5千円を負担していることになります。
だからこそ、賛成するとしても、それだけの大きなお金を市民病院の中でいったい何に使っているのか?来年度以降の投入額の見通しはどうなるのか?など、徹底した情報公開が必要だと思います。
職員の方々も大変だとは思いますが、これだけの赤字を出している中で、その給与額は適正なのか、どれだけの赤字削減努力が行われているのか、といった議論無しに、単に当面の体制維持(それ自体は否定しませんが)だけで13億というお金を計上してしまっては、これまでの行政と何も変わらないと思います。
幸い、新市長を支えている市議会議員の中には、これまで市民病院問題に大変熱心に取り組んでこられた方々がおられます。そうした方々が中心となって、新しい議会で活発な議論が展開されることを期待します。
2007年02月23日
暖冬と映画「不都合な真実」
先日、映画「不都合な真実」を観る機会を得ました。この映画は、地球温暖化問題を取り上げたドキュメンタリーで、温暖化の進行がどれ程急速か、またその影響がどれ程大きいかを、映像やグラフを使って分かり易く伝えています。是非、舞鶴でも上映して欲しいし、出来れば特に中学や高校で学生に見て欲しい映画です。
舞鶴も今年は暖冬。僅か3回しか雪が降りませんでした。雪かきに追われずに済むのは嬉しいことですが、夏の水不足、また農作物への害虫被害など、懸念材料も沢山あります。また一昨日、ご挨拶に伺った先で、ある漁業関係者は「山の冷たい雪解け水が海に流れ込むことも魚の育成に重要。寒い時は寒くないとダメなんだ」とおっしゃっていました。
この暖冬と地球温暖化をすぐに結びつけることは早計ですが、それでも年々、冬が暖かくなっていると感じるのは、ほぼ異論の無いことだと思います。
「地球温暖化」と聞くと、余りに話が大き過ぎて、ついつい自分の日常生活とは関係ないと思ってしまいがちです。しかし毎日の生活の中で温室効果ガスを排出しているのは、他ならぬ私たち市民一人一人です。
舞鶴市では、平成16年からの5年間で温室効果ガスを4.5%削減する計画を打ち出しています。今年は平成19年。残り2年となった現在の進捗状況がどうなのか、その情報公開と、これから2年間の市民への更なる協力要請が必要ではないでしょうか。
舞鶴も今年は暖冬。僅か3回しか雪が降りませんでした。雪かきに追われずに済むのは嬉しいことですが、夏の水不足、また農作物への害虫被害など、懸念材料も沢山あります。また一昨日、ご挨拶に伺った先で、ある漁業関係者は「山の冷たい雪解け水が海に流れ込むことも魚の育成に重要。寒い時は寒くないとダメなんだ」とおっしゃっていました。
この暖冬と地球温暖化をすぐに結びつけることは早計ですが、それでも年々、冬が暖かくなっていると感じるのは、ほぼ異論の無いことだと思います。
「地球温暖化」と聞くと、余りに話が大き過ぎて、ついつい自分の日常生活とは関係ないと思ってしまいがちです。しかし毎日の生活の中で温室効果ガスを排出しているのは、他ならぬ私たち市民一人一人です。
舞鶴市では、平成16年からの5年間で温室効果ガスを4.5%削減する計画を打ち出しています。今年は平成19年。残り2年となった現在の進捗状況がどうなのか、その情報公開と、これから2年間の市民への更なる協力要請が必要ではないでしょうか。
2007年01月21日
舞鶴市の財政をどうするのか?(3)
この「総枠予算制」を導入するメリットは3つあります。
1つ目は、予算の総額をまず最初に決定できるため、予算オーバーによる財政赤字の拡大を防ぐことが出来るという点です。計画的に借金を削減し、財政を健全化するには、毎年の予算総額を確実にコントロールしなければなりません。勿論、突発的な自然災害などに対応するための予算は必要ですが、それは政策的予算として別に確保することで対応できます。
2つ目は、各部局に予算編成の権限が与えられるため、事業の選択と集中がより促進されるという点です。積み上げ方式では、自らある事業の予算を減らしても、その分を同じ部局の他事業に回せないので、結果的に、予算を減額するインセンティブが働きません。しかし、この方式では、ある予算を削れば他の事業に回せるため、各部局の判断で、これまで以上に事業のスクラップ&ビルドを積極的に行うことが可能となります。
3つ目は、各部局の専門性を活かし、より現場に近いところで意思決定が出来るようになることです。地方分権の時代、国から地方に権限と財源を移譲する必要性があることは当然ですが、その地方(市役所)の中でも、更により現場に近い部局に権限と財源を移すことが、行政サービスに機動性を持たせ、市民のニーズに即応するために不可欠です。但し、それだけでは全体を見渡した総合的な判断による事業の実施が困難になりますので、一定の予算枠を市長が独自に有することも必要になります。
こうした総枠予算制は、既に多くの自治体に取り入れられ、一定の成果も上がっています。但し、特に財政部門を中心に、これまでの予算編成とは全く方法が変わりますので、制度に対する十分な理解と市役所全体の協力が必要であり、段階を踏んで実施していく必要があります。しかし、こうした新たな手法抜きには、700億円を超える借金を減らしていくことは極めて困難です(だからこそ今日まで借金が増え続けてきたのです)。
これは、「出来るか、出来ないか」という可能性の問題ではありません。「やるか、やらないか」という意志の問題です。だからこそ私は、この総枠予算制をマニフェストに掲げました。もし私が当選すれば、実現させることは有権者の意志となり、従って市役所の義務になります。政治は、こうして変わっていくと私は考えています。
1つ目は、予算の総額をまず最初に決定できるため、予算オーバーによる財政赤字の拡大を防ぐことが出来るという点です。計画的に借金を削減し、財政を健全化するには、毎年の予算総額を確実にコントロールしなければなりません。勿論、突発的な自然災害などに対応するための予算は必要ですが、それは政策的予算として別に確保することで対応できます。
2つ目は、各部局に予算編成の権限が与えられるため、事業の選択と集中がより促進されるという点です。積み上げ方式では、自らある事業の予算を減らしても、その分を同じ部局の他事業に回せないので、結果的に、予算を減額するインセンティブが働きません。しかし、この方式では、ある予算を削れば他の事業に回せるため、各部局の判断で、これまで以上に事業のスクラップ&ビルドを積極的に行うことが可能となります。
3つ目は、各部局の専門性を活かし、より現場に近いところで意思決定が出来るようになることです。地方分権の時代、国から地方に権限と財源を移譲する必要性があることは当然ですが、その地方(市役所)の中でも、更により現場に近い部局に権限と財源を移すことが、行政サービスに機動性を持たせ、市民のニーズに即応するために不可欠です。但し、それだけでは全体を見渡した総合的な判断による事業の実施が困難になりますので、一定の予算枠を市長が独自に有することも必要になります。
こうした総枠予算制は、既に多くの自治体に取り入れられ、一定の成果も上がっています。但し、特に財政部門を中心に、これまでの予算編成とは全く方法が変わりますので、制度に対する十分な理解と市役所全体の協力が必要であり、段階を踏んで実施していく必要があります。しかし、こうした新たな手法抜きには、700億円を超える借金を減らしていくことは極めて困難です(だからこそ今日まで借金が増え続けてきたのです)。
これは、「出来るか、出来ないか」という可能性の問題ではありません。「やるか、やらないか」という意志の問題です。だからこそ私は、この総枠予算制をマニフェストに掲げました。もし私が当選すれば、実現させることは有権者の意志となり、従って市役所の義務になります。政治は、こうして変わっていくと私は考えています。
舞鶴市の財政をどうするのか?(2)
では、具体的にどのような対応策を取るべきでしょうか。財政を立て直すには当然、歳入を増やし、歳出を減らす必要があります。そして自力で歳入を増やす方法としては、地域経済の活性化による税収増、特に企業誘致による雇用の確保と税収の増加、観光振興による消費拡大などが、最重要課題の一つです。
しかしこれらの歳入増加については、日本全体の経済情勢など流動的な要素もあり、絶対に達成確実とは言い切れません。従ってまずは歳出を計画的に削減し、身の丈にあった財政規模にしていくことが、当面の課題となります。例えば人口規模、就業構成などがよく似ている亀岡市(人口約95,000人)は、年間の一般会計が約290億円、舞鶴市は約335億円です。舞鶴の方が人口密度が低い分、どうしても非効率的になる部分を考慮しても、一つの目安になる数字です。
そして、歳出を抑制するための具体的手法として私がマニフェストに掲げているのが、いわゆる「総枠予算制度」の導入です。
通常の予算編成では、各部局が予算案を提示し、それを財政部門が査定をして調整をします。しかしこれだと、各部局がそれぞれより多くの予算獲得を目指して案を提示する、いわゆる「下からの積み上げ方式」となり、どうしても予算総額が歳入をオーバーすることになります。そこで、膨れ上がった予算を切り詰めるために取られる手法が、「シーリング方式」と言われる方法で、全ての予算を一律に5%とか10%カットして予算総額を抑え込む訳です(それでも結果的にオーバーする場合あり)。
しかし、この「シーリング方式」では、本当に必要な(削るべきでない)予算も、必要でない予算も一律にカットされてしまうため、限られた予算を有効に使うことが出来ません。だからこそ、「総枠予算制」の導入が必要になってくるのです。
しかしこれらの歳入増加については、日本全体の経済情勢など流動的な要素もあり、絶対に達成確実とは言い切れません。従ってまずは歳出を計画的に削減し、身の丈にあった財政規模にしていくことが、当面の課題となります。例えば人口規模、就業構成などがよく似ている亀岡市(人口約95,000人)は、年間の一般会計が約290億円、舞鶴市は約335億円です。舞鶴の方が人口密度が低い分、どうしても非効率的になる部分を考慮しても、一つの目安になる数字です。
そして、歳出を抑制するための具体的手法として私がマニフェストに掲げているのが、いわゆる「総枠予算制度」の導入です。
通常の予算編成では、各部局が予算案を提示し、それを財政部門が査定をして調整をします。しかしこれだと、各部局がそれぞれより多くの予算獲得を目指して案を提示する、いわゆる「下からの積み上げ方式」となり、どうしても予算総額が歳入をオーバーすることになります。そこで、膨れ上がった予算を切り詰めるために取られる手法が、「シーリング方式」と言われる方法で、全ての予算を一律に5%とか10%カットして予算総額を抑え込む訳です(それでも結果的にオーバーする場合あり)。
しかし、この「シーリング方式」では、本当に必要な(削るべきでない)予算も、必要でない予算も一律にカットされてしまうため、限られた予算を有効に使うことが出来ません。だからこそ、「総枠予算制」の導入が必要になってくるのです。
2007年01月17日
2007年01月13日
舞鶴市の財政をどうするのか(1)
先日にマニフェストを発表したところ、訪問先などでも多くのご質問やご意見を頂いています。そして、その中で多いのが、「舞鶴市ってこんなに借金があったん?」という感想でした。
舞鶴市が市債発行(借金)をしていて、また基金(家庭でいう貯金)を毎年取り崩していること自体は、多くの方がご存知です。しかしその額が、市債残高だけで合計717億億円を超えることは殆どの方が知らず、「そんなにあるん!」と驚かれていました。しかもこれ以外に借入金という借金もありますが、その総額については非常に不透明で分かりにくいのが実情です。
717億円というと大きすぎてピンときませんが、市民一人当たり約78万円、一家4人の家庭では300万円の借金を背負っていることになります。勿論、これに加えて国債など国の借金が更に別途あります。
「自治体の倒産」として最近話題を集めている北海道の夕張市。その借金総額は約630億円でした。つまり舞鶴市の借金総額は、あの夕張市を大きく超えているのです。勿論、夕張市は人口約1万3千人という小さな市ですから、単純に比較するのは乱暴な議論ですが、舞鶴市の財政状態が非常に深刻であることは間違いありません。
この巨大な借金を抱えながら、今の舞鶴市は更に毎年、支出が収入をオーバーし、足りない分を市債の追加発行、そして基金(貯金)を取り崩してやりくりしていますが、このような財政運営を続ければ、破綻するのは火を見るより明らかです。
舞鶴市の未来に対し、このように無責任な財政運営を続けてきた市政を更にこのまま続けていい筈がありません。
私は、今こそこうした古い体質の政治の流れを一度断ち切って、総枠予算制度などの新たな手法を導入して歳出を削減し、事業部門毎に予算を効率的・効果的に使う仕組みをつくり出すことが緊急の課題だと考えます。
(続く)
舞鶴市が市債発行(借金)をしていて、また基金(家庭でいう貯金)を毎年取り崩していること自体は、多くの方がご存知です。しかしその額が、市債残高だけで合計717億億円を超えることは殆どの方が知らず、「そんなにあるん!」と驚かれていました。しかもこれ以外に借入金という借金もありますが、その総額については非常に不透明で分かりにくいのが実情です。
717億円というと大きすぎてピンときませんが、市民一人当たり約78万円、一家4人の家庭では300万円の借金を背負っていることになります。勿論、これに加えて国債など国の借金が更に別途あります。
「自治体の倒産」として最近話題を集めている北海道の夕張市。その借金総額は約630億円でした。つまり舞鶴市の借金総額は、あの夕張市を大きく超えているのです。勿論、夕張市は人口約1万3千人という小さな市ですから、単純に比較するのは乱暴な議論ですが、舞鶴市の財政状態が非常に深刻であることは間違いありません。
この巨大な借金を抱えながら、今の舞鶴市は更に毎年、支出が収入をオーバーし、足りない分を市債の追加発行、そして基金(貯金)を取り崩してやりくりしていますが、このような財政運営を続ければ、破綻するのは火を見るより明らかです。
舞鶴市の未来に対し、このように無責任な財政運営を続けてきた市政を更にこのまま続けていい筈がありません。
私は、今こそこうした古い体質の政治の流れを一度断ち切って、総枠予算制度などの新たな手法を導入して歳出を削減し、事業部門毎に予算を効率的・効果的に使う仕組みをつくり出すことが緊急の課題だと考えます。
(続く)
2007年01月09日
ハッピーマンデー制度はハッピーか?
長かった正月休みがようやく終わりました。
平年なら4日か5日頃から平常に戻る筈が、今年は8日まで休みという企業も多く、挨拶回りも中々ままなりません。会社勤めをしていた頃なら大喜びだった筈の長い長い正月休みが、今年ばかりはかなり恨めしかったです。
そんな状態の中でもあちこち回っていましたが、その中で多く聞いたのが、成人式が第2月曜日というのが、どうも違和感があるという話でした。ハッピーマンデー制度が導入される前の成人式は15日。この日は小正月で、元服の儀式が行われていた事に由来するものです。
それが今では月曜日に固定されたため、日付は毎年バラバラです。三連休になれば余暇を楽しみやすくなり、レジャーなどの消費も増えるという俗なメリットばかりに目を向けずに、各祝日の歴史や由来をもう少し大切にする必要があるのではないでしょうか。
それに、三連休が本当にメリットかどうかも怪しいものです。確かに旅行などには行きやすくなったと思いますが、この制度の導入後、どれだけ効果があったかという分析は、あまり聞いたことがありません。
私が国会で政策担当秘書をしていた頃(平成10年)に導入されたハッピーマンデー制度も、もうすぐ10年。そろそろ見直しをする頃のようにも思いますが、皆さんはどう思われますでしょうか?
平年なら4日か5日頃から平常に戻る筈が、今年は8日まで休みという企業も多く、挨拶回りも中々ままなりません。会社勤めをしていた頃なら大喜びだった筈の長い長い正月休みが、今年ばかりはかなり恨めしかったです。
そんな状態の中でもあちこち回っていましたが、その中で多く聞いたのが、成人式が第2月曜日というのが、どうも違和感があるという話でした。ハッピーマンデー制度が導入される前の成人式は15日。この日は小正月で、元服の儀式が行われていた事に由来するものです。
それが今では月曜日に固定されたため、日付は毎年バラバラです。三連休になれば余暇を楽しみやすくなり、レジャーなどの消費も増えるという俗なメリットばかりに目を向けずに、各祝日の歴史や由来をもう少し大切にする必要があるのではないでしょうか。
それに、三連休が本当にメリットかどうかも怪しいものです。確かに旅行などには行きやすくなったと思いますが、この制度の導入後、どれだけ効果があったかという分析は、あまり聞いたことがありません。
私が国会で政策担当秘書をしていた頃(平成10年)に導入されたハッピーマンデー制度も、もうすぐ10年。そろそろ見直しをする頃のようにも思いますが、皆さんはどう思われますでしょうか?
2007年01月05日
いじめとお笑い
今、市長マニフェスト第一弾の総仕上げにかかっています。
その中で、色々と考えさせられる課題の一つがいじめ問題です。
私自身、小学校時代にいじめた経験といじめられた経験の両方を持っています。いじめた時のことはあまりよく覚えていませんが、いじめられた時は、その良し悪しは別として(小学生の頃というのは、正しいことをすると嫌われることもあるものです)嫌われるような言動をしていたことは覚えています。
勿論、だからといって今のいじめを、「いじめられる方が悪い」などというつもりは毛頭ありません。自分の経験を振り返っても、いじめは絶対的にいじめている方が悪いのであって、いじめている側は、心のどこかに少なからぬ罪悪感を持っている筈です。だからこそ、「いじめは絶対に許さない」という強い態度、姿勢を周囲の大人が見せることが、まず第一に大切な要素だと思っています。
しかし、そこで困るのがテレビのお笑い番組。
どうみても、ベテランが若手をいじめているとしか見えません。「それが芸だ」という主張もあるようですが、絶対的な上下関係の中で下のものをいじめて笑いをとることが「芸」とは、私には到底思えません。
そういうベテランも若手も、きちんとしたコントや漫才、物まねなどをやれば十分に面白いし、それが「芸」だと思うのですが、何故に安易な「笑い」に走るのでしょうか?
勿論、それだけを理由にするつもりはありませんが、あれが許される(と子どもが思った)なら、テレビの影響力を考えれば、いじめが生まれるのはある意味で必然だと思います。
近年、色々な意味でマスメディア(ジャーナリズム)が「第4の権力」として扱われるようになっていますが、メディア全般の影響力の強さを、これからの政治は考慮せずには済まない時代になっているように思います。でなければ、特に地方の一都市で施策を講じようにも、余りに多勢に無勢です。
こう書くと、すぐに「表現の自由」が持ち出される事は百も承知していますが、その対立を生まないためにも、表現する側の最低限度の配慮を期待したいと思うことは、やはり「それはそうなんだけどね・・」で片付けられてしまう話なのでしょうか。
その意味で、いじめ問題は大変難しい課題ですが、まずは地域において、出来る限りの施策を実施していくことを第一歩として掲げていきたいと思っています。
その中で、色々と考えさせられる課題の一つがいじめ問題です。
私自身、小学校時代にいじめた経験といじめられた経験の両方を持っています。いじめた時のことはあまりよく覚えていませんが、いじめられた時は、その良し悪しは別として(小学生の頃というのは、正しいことをすると嫌われることもあるものです)嫌われるような言動をしていたことは覚えています。
勿論、だからといって今のいじめを、「いじめられる方が悪い」などというつもりは毛頭ありません。自分の経験を振り返っても、いじめは絶対的にいじめている方が悪いのであって、いじめている側は、心のどこかに少なからぬ罪悪感を持っている筈です。だからこそ、「いじめは絶対に許さない」という強い態度、姿勢を周囲の大人が見せることが、まず第一に大切な要素だと思っています。
しかし、そこで困るのがテレビのお笑い番組。
どうみても、ベテランが若手をいじめているとしか見えません。「それが芸だ」という主張もあるようですが、絶対的な上下関係の中で下のものをいじめて笑いをとることが「芸」とは、私には到底思えません。
そういうベテランも若手も、きちんとしたコントや漫才、物まねなどをやれば十分に面白いし、それが「芸」だと思うのですが、何故に安易な「笑い」に走るのでしょうか?
勿論、それだけを理由にするつもりはありませんが、あれが許される(と子どもが思った)なら、テレビの影響力を考えれば、いじめが生まれるのはある意味で必然だと思います。
近年、色々な意味でマスメディア(ジャーナリズム)が「第4の権力」として扱われるようになっていますが、メディア全般の影響力の強さを、これからの政治は考慮せずには済まない時代になっているように思います。でなければ、特に地方の一都市で施策を講じようにも、余りに多勢に無勢です。
こう書くと、すぐに「表現の自由」が持ち出される事は百も承知していますが、その対立を生まないためにも、表現する側の最低限度の配慮を期待したいと思うことは、やはり「それはそうなんだけどね・・」で片付けられてしまう話なのでしょうか。
その意味で、いじめ問題は大変難しい課題ですが、まずは地域において、出来る限りの施策を実施していくことを第一歩として掲げていきたいと思っています。
2006年12月30日
市民病院問題
今日も多くの方とお話をする機会を頂きました。 その中でやはり話題に上るのは、市民病院の問題です。そして、人によって全く正反対の意見が出てきます。
「ここまで状況が悪くなってしまった以上、いまさら再建なんて無理だから、いっそのこと潰してしまったほうが良い。赤字を出し続けてまで公立で維持する必要は無い」というご意見。
「自分も子供も昔から利用してきたし、馴染みがあるので市民病院は潰して欲しくない。バス停の目の前にある病院だから通院しやすいし、何とかして残して欲しい」というご意見。
どちらかと言えば再建不要を言われるのは若い方が多く、必要だと言われるのは年配者の方に多いように思いますが、はっきり分かれている訳ではありません。
問題が発生してからこれだけ期間が経過しているにもかかわらず、未だにこのように意見が分かれていること自体に、これまでの行政の対応のまずさがあると私は思っています。
23日の記者会見では、「現在の計画は白紙撤回」と申し上げました。それは、現在進められている指定管理者制度による民間委託の計画内容が、余りに不透明であり、財政負担などその実態が全く見えないからです。詳しいことは、近日中に発表するマニフェストの中でお示ししたいと思います。
「ここまで状況が悪くなってしまった以上、いまさら再建なんて無理だから、いっそのこと潰してしまったほうが良い。赤字を出し続けてまで公立で維持する必要は無い」というご意見。
「自分も子供も昔から利用してきたし、馴染みがあるので市民病院は潰して欲しくない。バス停の目の前にある病院だから通院しやすいし、何とかして残して欲しい」というご意見。
どちらかと言えば再建不要を言われるのは若い方が多く、必要だと言われるのは年配者の方に多いように思いますが、はっきり分かれている訳ではありません。
問題が発生してからこれだけ期間が経過しているにもかかわらず、未だにこのように意見が分かれていること自体に、これまでの行政の対応のまずさがあると私は思っています。
23日の記者会見では、「現在の計画は白紙撤回」と申し上げました。それは、現在進められている指定管理者制度による民間委託の計画内容が、余りに不透明であり、財政負担などその実態が全く見えないからです。詳しいことは、近日中に発表するマニフェストの中でお示ししたいと思います。


